What I see

なにを見て、どう思っているのか。

TOSHIKI KIDA

TOSHIKI KIDA
木田 俊樹

Let's meet somewhere in the world
kida-journal.hatenablog.com/


鈴木大拙館 間を垣間みる

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奥能登からの帰路に、金沢に立ち寄ったのは、鈴木大拙館を訪れたかったから。金沢城や兼六園、二十一世紀美術館を横目にみながら通り過ぎて、小さな路地を歩く。セミの鳴き声、水に映る柳、水面の波、吹き抜ける風。大きくないコンクリート製の建物に展示されているのは、間。

 

ふと壁をみると、「鈴木大拙のことば」と書かれた紙が置かれている。そこにはこうある。「旅行が容易で快適に過ぎれば、その精神的意味は失われる。これはセンチメンタリズムといわれるかも知れぬが、旅によって生ずるある孤独感は人生の意味を反省させる。人生は畢竟、一つの未知から他の未知への旅であるからだ。」

 

ときに、どこか遠くにひとりで出向くのは、あの孤独感や不安感を求めているからなのでしょう。そこで考える、一体自分はなにものなのだ、どうしたらいいのだ。なにもないところから、生まれる想像力はたしかにあるが、それは普段からは生まれてこない。

 

星野道夫「旅をする木」を思い出す。「いつかサハラを旅した友人が語っていた砂漠の”夜”もこんなふうではなかったかと思います。砂と星だけの夜の世界が、人間に与える不思議な力の話でした。きっと情報があふれるような世の中で生きているぼくたちは、そんな世界が存在していることも忘れてしまっているのでしょうね。だからこんな場所に突然放り出されると、一体どうしていいのかうろたえてしまうのかもしれません。けれどもしばらくそこでじっとしていると、情報がきわめて少ない世界がもつ豊かさを少しずつ取り戻してきます。それはひとつの力というか、ぼくたちが忘れてしまっていた想像力のようなものです。」

 

ぼくは、常ならむを思い出すために、見知らぬ土地へ出向くのかもしれない。