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なにを見て、どう思っているのか。

TOSHIKI KIDA

TOSHIKI KIDA
木田 俊樹

Let's meet somewhere in the world
kida-journal.hatenablog.com/


できる限り正しい歴史を個人個人でしっかり理解するとき

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8月15日が過ぎました。この時期になると毎年考えることがあります。お察しの通り、歴史や戦争のことです。昨年は第二次世界大戦中のできごとについての本を読みました。今年は、そもそも日本とは何かについて考えています。5年前にフィリピンに留学をしていました。そのときに、「日本てどんな国?」と聞かれ、ぼくは、「えっ」となって止まってしまったことをいまでも思い出します。最近友人に、「戦争ってなんで起こったとおもう?」って聞いたら、「知らん」と間髪入れずに返事が来ました。日本にいると、日本のことを考えることはめったにありません。だから、こうして、毎年考えるようにしています。

 

さて、今年は、松岡正剛「日本という方法」を読みました。本著には、いろんな箇所に日本について考えるための種が播かれています。そこから、自分なりに日本について考えてほしいという意を、ぼくは受け取りました。

 

ざっと、はじめます。 白村江の戦いの敗戦によって、日本は自立しなければならなくなりました。そのときの日本には文字がありませんでした。あるのはあったのが漢字でしたが、漢字をどう使うのかで議論になります。紆余曲折して、万葉仮名が誕生します。日本国内を統一するにはどうしても、文字が必要です。法も、政治も、歴史書も作れないからです。文字を作るとなると、その時代より前の時代から言葉で伝承されてきた神話や歴史をいかさねばいけません。そうでなければ、それ以前の日本はなかったも同然になるからです。

 

そこで、正剛さん「それゆえ太安万侶らは日本人(倭人)の言葉を万葉仮名や和化漢文で表記して、それを見た者はそこからかつての日本人が語り継いできた言葉の世界がそのまま蘇るようにしたのです。」 「どこの民族の古代語もそうですが、日本語(倭語・大和言葉)もその発音のつながりによって、何かの言葉が何かの言葉を連鎖させたり、連想させるようにできていました。とくに日本は文字がなかった社会が長かったのですから、語り言葉や歌い言葉のつながりぐあいによって、イメージやメッセージが組み立てやすくなっていたはずです。」 

 

奈良時代末期から平安時代にかけて、万葉仮名から仮名文字が生まれます。万葉仮名は漢字を日本語読みしたものなのに対し、仮名文字(ひらがな・カタカナ)ははじめて日本独自の日本文字の出現なのです。さて、正剛さん「もし仮名(万葉仮名でもなく、漢字の草書でもない文字)が生まれなかったら。その後の日本の社会文化はまったく異なった歴史を歩んだことでしょう。日本文化史でたったひとつの決定的な発明を言えと問われたら、私は迷うことなく仮名が発明されたことをあげます。」 と、ここから、徳川社会、朱子学と陽明学、本居宣長の古事記伝を経由して、戦争につながり、戦後、そして、現在へと繋がってゆきます。歴史上でなにが起こったかは知っていても、なぜ起こったのかは知らないのではないでしょうか。「なに」より「なぜ」のほうが大事ではないでしょうか。正剛さん、鋭いです!

 

友人に聞いた「なぜ戦争が起こったとおもう?」の、ぼくの答えは「戦争についてひとりひとりが考えなくなった」です。いまは、できる限り正しい歴史を個人個人でしっかり理解するときのようにおもうのです。なぜなら、あらゆる問題の答えは、歴史に潜んでいるからです。ぜひ、読んでみてください。