What I see

なにを見て、どう思っているのか。

TOSHIKI KIDA

TOSHIKI KIDA
木田 俊樹

Let's meet somewhere in the world
kida-journal.hatenablog.com/


神保町 頭で描いた本が見つかる町

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東京メトロ半蔵門線神保町駅の改札を出て、地上にあがると、路上の店の前には本の山脈がいくつもある。ひとまずこの街のルールがわからないから、目の前の店に飛び込んだ。そこは美術史やアート作品、写真集を取り扱っていた。店内で興味のあったロバート・フランクのアメリカンズのジャック・ケルアックが書いたというプロローグを読んで一旦外へ。となりの店にある本の山の前でその全景を眺めていると、宮本常一が並べられていた。知っているのは彼だけだったから、ああここは歴史の店を扱っているのかと店の中でまた本を漁る。それから、またとなりへ。店構えが重厚なここにも、店前には本の山があった。ここも歴史ものだった。特に、中国文学の。3軒ほど回ってなるほどそういうことかと気が付いた。ぼくが探していたのは、猪谷六合雄(いがや くにお)の本だった。スキーが日本に入ってきた黎明期にスキーをはじめ、スキー中心の生活をするために、自分で小屋を建てたり、スキーのための靴下を自分でつくりはじめたり、ある日旅にでて北海道にしばらく住んでみたり、まあぶっとんだひとだ。そのひとのエッセイのような、生活記ような本から、そのひとの考え方をぼくは知りたかった。カテゴリーしづらい本だけど、あえていうなら山岳系だとおもい、山にまつわる本を扱う古書店があるはずだと、さがしはじめた。ビンゴ!やはり。そこは一階で料理の本を中心に取り扱う古本屋だった。二階へ上がると、ありとあらゆる山や植物の古本が揃っていた。アルプ、山の本、串田孫一、畦地梅太郎、梅竿忠夫、ヒマラヤの写真集、都道府県別の昔の植生を記した本などがずらりと並んでいる。奥の方から順番に本棚を上下に目を凝らしていくと、そこにやはりあった。

 

宮本常一「民俗学の旅」にこうある。「水産業は一つの海域の海岸、沖合、海面、海中、海底を利用し、それぞれの漁法が成り立っていることを知った。たとえば、ある漁村は蛸壺漁を主としている。これは海底を利用している。その隣の漁村は一本釣りを主としている。これは蛸壺の沈められている海の上層を利用している。地曳き網は海岸部を利用し、五智網は沖合で鯛をとっている。それらの漁民が協定してトラブルのおこらないように操業しているのである。海底を利用する場合でも蛸壺を入れるところと延縄を延えるところは違う。たくさんの漁村が一つの海域にあっても、それほどトラブルのおこらないのはこのような技術の差に基づいて住み分けしていることにあるのだろう。(中略)歩いていて現実の姿を見ていると、これまでの概念規定に疑問を持つようなことがたくさんあった。」

 

これは神保町にもいえるのだなとおもった。頭で描いた本が必ず見つかる町だとおもった。