What I see

なにを見て、どう思っているのか。

TOSHIKI KIDA

TOSHIKI KIDA
木田 俊樹

Let's meet somewhere in the world
kida-journal.hatenablog.com/


近況 17_03_29

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いくらテクノロジーが発達したからといって、まだまだ人間の感覚を頼りにしなければいけないことはまだあって、だからこそ、いま現在のところ、テクノロジーと感覚をうまく組み合わせることがもっとも有効だ。

 

玄米を発芽させるために、ヨーグルティアを使うと、ほとんどうまく発芽させることができるようになった。そこから、炊飯器の内釜に玄米を入れ、水を注いで、タイマーをセットすれば、発芽玄米が炊けるわけなのだが、水の量や気温、米の状態によって、炊き加減が毎回変わるので、まだまだ感覚は頼りになる。

 

ザワークラウトやリンゴ酵母などを、常温で発酵させているのだけど、最近はちょうど季節の変わり目で、天気や気温が読めない日が続くため、発酵具合もその日その日でコロコロ変わる。昨日は寒く、今日は暖かかった。今日、家に帰ってガラス瓶の中を覗くと、発酵が進んでいた。どうやら菌も春を感じたらしい。毎日顔を合わせて、Bob DylanがHow does it feel?と問いかけるように、調子はどうだい?と発酵具合を確認しなければならない。まだまだ感覚は頼りになる。今日は猿が田んぼで何かを食べているのを見たし、いろんな花が咲きはじめたり、蕾が膨らんでいるようだった。桜が咲いて散る頃に降る雨の夜がなんだかぼくは好きなわけだが、それも感覚のようで、それは僕がそのころに生まれたからなのかもしれない。

 

近代化や産業化によって失われてしまった感覚を鍛え直し、有効なテクノロジーを知り、それを扱うソフトウェアや倫理観を更新すれば、回転速度を増したこの時代のことを少しは理解できるんじゃないのかと、ガラス瓶の中の発酵を眺めながらおもう春の日。