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TOSHIKI KIDA

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木田 俊樹

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半藤一利「昭和史」 歴史から学ぶ

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8月のこの時期ということを、意識したわけではないけれど、半藤一利「昭和史」「昭和史 戦後篇」を読んだ。約70年前に起こったことは、誰もが知っているだろう。その詳細について僕よりも知っているひとはたくさんいるはずだ。なぜなら、僕は、高校で歴史の授業をサボっていたから。正確に言うと、大学受験に必要なかったから。受験もしてないけれど。これまで、自分から歴史を学ぼうとしなかった。

 

歴史は、いろんな角度から語られると前置をしておく。僕たちが学んだ歴史はだいたいが、何年に誰だれが、なになにを行ったというもの、ではないだろうか。たとえば、1945年の8月15日に日本がポツダム宣言を受託し終戦となった、という具合に。(ポツダム宣言の衝撃の裏側も本著にあり。)果たして、これで歴史を学んだことになるのだろうか。よく言われる、歴史から学ぶというのは、大きな出来事の年表を覚えることなのだろうか。

 

昭和史から学ぶべき教訓として、本著より

 

  1. 国民熱狂を作ってはいけない。その国民的熱狂に流されてしまってはいけない。ひとことで言えば、時の勢いに駆り立てられてはいけないということです。
  2. 最大の危機において日本人は抽象的な観念論を非常に好み、具体的な理性的な方法論をまったく検討しようとしないということです。
  3. 日本型のタコツボ社会における小集団主義の弊害があるかと思います。
  4. ポツダム宣言の受諾が意思の表明でしかなく、終戦はきちんと降伏文書の調印をしなければ完璧なものにならないという国際的常識を、日本人はまったく理解していなかったこと。
  5. 何かことが起こった時に、対処療法的な、すぐに成果を求める短兵急な発想です。 

 

本著は、昭和の出来事が語り口調で時系列に進んでいきます。僕たちが知っている、固有名詞としての出来事を知ることができます。というよりも、その出来事がどのように起こり、それが後々どうなったのかを、はじめて知り驚きました。何も知らなかったんだな。都合のいいことばかり掻い摘んでいたんだなって。

 

来たる4年後、東京オリンピック後の数年に起こるであろうクライシス。歴史から学び、いまから、準備すること。いらないものを処分すること、価値観を大きく変えること。苦境や厳しい現実から逃げずに受け止め、そこでポジティブに考えること。歴史から学ぶことは、年号を覚えることではない。歴史から学ぶとは、「歴史上の人物がなぜこのような行動をしたのか」「どんな目的のために行動し、その結果、何が起こったのか」について考察し、それを教訓とし、生かすことではないだろうか。お盆にぜひ。