What I see

なにを見て、どう思っているのか。

TOSHIKI KIDA

TOSHIKI KIDA
木田 俊樹

Let's meet somewhere in the world
kida-journal.hatenablog.com/


カフェバッハでの「真っ白な嘘」のような出会い

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頼りになるのは、記憶だけ。その記憶が、真っ白な嘘のようだったとしても。そこであった出来事の一部を残そうと、カメラの電源を入れたら、電池が切れた。

 

ゴールデンウイークは東京にいた。夕方5時頃、南千住駅から10分ほど歩いた場所にあるカフェバッハで、コーヒーを飲んでいた。コーヒー好きの友人から勧められていたカフェだ。店が少し混んでいたので、店の前に並べられた丸イスに腰掛けて待っていた。僕の前には外国人ふたりが同じように順番を待っていた。Where're you from?と声をかけた。アメリカから来たマイクとスイスから来たクエンティンだ。彼らも昨日宿で出会ったばかりのようだった。そこに田中さんが現れた。田中さんは来週から近所でカフェをはじめる、マイクの古くからの友人だ。怪しくて人懐っこくてカッコイイおじさんで、デニムのハーフパンツにキャップをかぶって自転車に乗って現れた。もちろん初対面だ。その場に居合わせた4人で、カフェバッハのテーブル席に座った。

 

マイクの話をしたい。マイクは58歳のアメリカ人で、ギターを背負って旅をする現代のカウボーイ。今日も上野公園でギターを鳴らしている。深いシワに青い目、カールしたブロンドの長い髪、ジミ・ヘンドリックスのシャツ、数々の冗談。彼はスペシアルでファニー。周りを気にしない。フランス語を喋る。イタリア語を喋る。日本語も喋る。言葉にものすごい理解があって、漢字の意味を理解して日本語を話す。彼は本をよく読む。原書でたけくらべを読むと言っていた。

 

どのようにして外国語を学ぶのか尋ねたら、本を読むと言う。マイクは、真っ白な嘘が好きだといった。真っ白な嘘というのは、誰も傷つかない嘘のことだ。村上春樹の村上ラジオに、「英語にはwhite lie という言葉がある。これは『罪のない(方便の、儀礼的な)嘘』のことです。」とある。

 

旅先ではじめて会った人と話すときに、共通の話題になるものは、お金では買えないものの、つまり時間をかけなければ得られないものの話になることが多い。それは音楽だったり、言葉の使い方だったり(その言語の成り立ちだったり)、自分がなぜそうしているのかというストーリー(自分史だったり)だったり。それら、体験に基づいたことを、自分の言葉で語らなければいけない。ときには英語で。だから自己について普段から考えておかないといけない、なんて言ったら、難しそうに聞こえるけど、本を読んで、好きか嫌いか、好きならなんで好きなのか、という具合に進めていけばいいだけだ。一番難しいのは、その時間を作れるかどうかだと思う。教養イコール一般常識ではない。生きた情報や個人の体験談ほど盛り上がるものはないのだ。

 

それで、お酒の飲み過ぎの話になったとき、田中さんがoverdrinkと言った。僕はお酒の飲み過ぎのことやなと思った。マイクとクエンティンはwhat?と聞き返す。そんなん 使わへん、drink too muchだと言う。スマホの辞書で調べる田中さん。アメリカの辞書にはoverdrinkが載っていて、それをふたりに見せる。解説を読むマイク。そして、OMG can’t fucking belive itと言い放つ。No way! 辞書に載っていようが使わないぜ。

 

見知らぬ土地に行き、ポジティブな意味での変なひとや怪しいひとに出会うことによって、自分の内側にイマジネーションとかモチベーションがフワッと浮き上がってくるのがわかる。

 

あーこれやから、この味をしめたら、やめられへん。本を読んで、旅して、人と会って、楽しんで、感動に出会う。次は鹿児島なんていい、台湾「かき氷食べまくり」もいい、それとも沖縄離島民泊か。おもしろいことは、移動してリアルワールドで対面から掴み取らなければならない、と感じた白い嘘のような東京での日々。