What I see

なにを見て、どう思っているのか。

TOSHIKI KIDA

TOSHIKI KIDA
木田 俊樹

Let's meet somewhere in the world
kida-journal.hatenablog.com/


近況 17_11_09

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いまは復活しましたが、ここ一週間ほど日課にしていた読書を離れていました。ちょっと間をあけてみようと思って。それは苗床を整えるといったところでしょうか。情報をあまりいれないようにしていると、内側から、いままで入れ込んだ情報が溶けながら混ざり合って違うものとなってでてくるのがわかります。これは明らかなコピーミスです。本で読んだことがぼくのなかに入り、そのなかでぐちゃぐちゃ混ざり合って、出てきたときには違うものになっていたのです。たとえば、今まで見ていたものの見方が変わったり、前に読んだ本をもういちど読むと違う感想を持っていたりといった具合に。

 

「生命は情報複製によって進化してきたが、たんに複製していては多様性は生まれなかった。多様性はコピーミスがつくったものだ。そこに環境との相互作用が生まれて多様性がつくられた。」(松岡正剛、ドミニク・チェン『謎床』より)と先月読んでいた松岡正剛さんが言っています。本来、そのコピーは完璧なもので、子孫にも完璧に受け継がれていくものなのでしょう。しかし親と子は似ているとはいえ、おなじ顔ではありませんし、ましてや性格も違います。ここに明らかにDNAのコピーミスがあります。そうして、コピーミスと風土によってひとの多様性が生まれました。それは文化にも言えるのではないかというのが、ミームです。ぼくはミームが好きなんです。

 

それで、いまそのコピーミスと風土から生まれる多様性、こと日本の文化独自の編集方法を学びたいとおもっています。先日立ち寄った書店で、10月にぼくが勝手に特集した松岡正剛さんとドミニク・チェンさんの共著『謎床』を手に取ると、まさにこのことが書かれていました。加えて、世阿弥『風姿花伝』を読んでいます。岡本太郎は「日本のすごいことというのは安易な説明ではできないんだ」といっています。まだまだぼくの読書の秋は続きます。

 

P.S. 「ひとは望んでいるものしか手に入れられない」ようです。

10月に買った本

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白川静『常用字解』

松岡正剛『連塾 方法日本I 神仏たちの秘密 日本の面影の源流を解く』

松岡正剛『連塾 方法日本II 侘び・数寄・余白 アートにひそむ負の想像力』

松岡正剛『連塾 方法日本III フラジャイルな闘い』

松岡正剛『17歳のための世界と日本の見方 セイゴオ先生の人間文化講義』

 

さて、10月。

基準があるから比べることができる。その基準を自分でこしらえる、読書を頼りにして。それにはなにが必要か考えると、ぼくは大きな流れを知ることだとおもう。今月は松岡正剛さんのマンダラ、セイゴウマンダラを頼りに、歴史や文化の大きな流れを掴もうとおもう。

 

ぼくたちは、ひとつひとつの好きなことに詳しい反面、文脈のような流れに疎い。それは仕方がない。Youtubeで動画を見ようとおもえば、見たい動画のタイトルを入れなければいけない。Amazonで買い物をしようとおもえば、商品名を入れなければいけない。身の回りのものがぼくたちの思考をそうさせているともいえる。

 

ぼくたちはデジタルネイティブと呼ばれていて、ものごとをスポットで考える。それをノンリニアという。たとえば、テレビのリモコンを考える。ぼくたちは、1の次は3にも、5にも番組を変えられるリモコンをイメージする。少し前の世代は、1の次は2で、2の次は1か3にしか移動できない、回すチャンネルをイメージする。それをリニアという。

 

ぼくたちは、音楽をアルバムで聴く代わりに、好きなアーティストの好きな一曲だけを買ってまとめ、自分のプレイリストを作るし、受験問題やクイズ番組のように、あらかじめ答えが決まっている問題には慣れている。しかし、世の中のできごとは、いきなり起こるわけがないし、歴史もいきなり動いてこなかった。いきなり日本語が漢字仮名交じりになったわけではないし、いきなり家康が江戸時代に鎖国したわけではない。あらゆるものにはそれまでに過程があって、それを理解しないまま、いま目の前で起こっていることを、判断してしまうと、事態は様相をまったく変える。

 

白川静『常用字解』

正剛さんの本を読んでいると、よく日本語のことがでてきます。平安時代まで日本人は文字を持っていませんでした。その当時、中国の漢字を持ってきて日本の文字とします。本来ならそのまま中国が使っているように漢字を使うのでしょうが、当時の日本人はそうはしませんでした。それが万葉仮名です。という具合に、日本の漢字やカタカナ、ひらがなの成り立ちを読んでいると、漢字のことを知りたくなります。

 

松岡正剛『17歳のための世界と日本の見方 セイゴオ先生の人間文化講義』

高校生向けの本ですが、てはじめに読んでおくべきです。知っておかなくちゃいけないことは知っておかなくちゃいけません。本書には、「ひとつは世界と日本を歴史観をもって見ること、もうひとつは社会と文化はどのように成立しているかをよく知ることです。」とあり、さらに、「自分がわかるようになるためには、他者というものの存在を理解しなければならない」とあります。おわかりのように、何かを見るために知っておくべきことがここにあります。

 

松岡正剛『連塾 方法日本』三部作

全八章でできていて、その八章の題を見るだけで、正剛さんがヤバい!ということをわかるのではないでしょうか。それではどうぞ。

 

一 笑ってもっとベイビー 無邪気にオン・マイ・マインド

二 住吉四所の御前には顔よき女體ぞおはします

三 重々帝網・融通無碍・山川草木・悉皆成仏

四 目の言葉・耳の文字・舞の時空・音の記譜

五 白紙も模様のうちなれば心にてふさぐべし

六 正号負号は極と極 いづれ劣らぬ肯定だ

七 誰そ彼にピストルにても撃てよかし伊藤のごとく死にて見せなむ

八 雪が舞う鳥が舞うひとつはぐれて夢が舞う(または一宿一飯の義理)

 

ヤバい!でしょ?正剛さんを、日本のこと、世界のこと、文化のこと、いろいろを考える頼りにすべきです。