What I see

なにを見て、どう思っているのか。

TOSHIKI KIDA

TOSHIKI KIDA
木田 俊樹

多読中
http://kida-journal.hatenablog.com/


近況 18_03_16

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ある日。心と体を高速移動。滞在数時間のすっかり春の東の都で現代のジェダイマスターのようなひとに会う。前から気になっていた、その場にいて、教わらなければ絶対にわからないことを学ぶ。体験の価値はますます高騰するだろう。その場はまだオフラインのみ。だから、いつでもすぐに飛び出せるように、心も体も、身軽で健康でなければいけない。

 

ある日。シンガポールの友人とフィリピン留学の友達と数年ぶりに再開。小さなことをこつこつ積み上げ、それを続けていければ、実は知らぬ間に小さなことは大きなことになっている。2年あればだいぶ変わるのだと、友との会話で実感する。体の調子も、考え方も、なにもかも変わる。時間をどう捉えるかがポイント。

 

ある日。風の強い中、お気に入りの温泉の露天風呂に足を伸ばして浸かる。浸かりながら、知らぬ隣のひとが起こした波に、ぼくの身体は揺らぐ。空海のいう重々帝網とはこんな感じなのだろう。

 

ある雨の降るすこし暖かい春の夜。生まれてから日本に住んでいて、日本語を発したり聞いたりしている間に、文化インセプターが体のどこかにインストールされるようにおもう。インターネット環境にあるスマホが、自動インストールで勝手にバージョンアップするような感じ。そうでないと、どうしてわかるのだろうか。今頃の夜の匂いを嗅いで、春だなんて。だれからも教えてもらっていないのに。

 

更新が滞っているのは、ひとつはカメラのSDカードから撮った写真を写すのが億劫なこと。ひとつはパソコンを開かなければいけないこと。文章を書くときにぼくにはキーボードがどうしても必要で、それはキーボードでタイピングしながら、頭を整理して言葉を引っ張り出すと気持ちいいから。(Bluetoothキーボードとスマホのコンビネーションも精査しようか)ひとつに、ずっと読み続けている松岡正剛さんの著作がおもしろすぎて、次々ちょっかいを出してしまうこと。半分は言い訳、半分は本音の複雑系です。さあ、そろそろ膨らんだ蕾がぱんぱんに張る春本番、季節に順応して虫や動物が動きはじめるように、また溜め込んだノイズをうちから外へデトックスしはじめる体のように、ぼくもいろんなところへ動き出そうとおもいます。

 

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山で大きく息を吸い込むと、もう春だと感じます。冬の終わり、春のはじまりを告げるのが節分です。正月の期間を松の内と呼び、門松などの松飾りなどによって山のスピリットを里の家に招きます。その期間の終わりにあたるのが節分です。冬は植物がエネルギー溜め込む期間であり、それを「殖ゆ」といい、転じて「冬」となりました。「春」は、その溜まったエネルギーで蕾がぱんぱんに「張る」ことなのです。

 

さて、2018年を迎えてから、最近まで、植物が春を迎えるようにエネルギーを溜めていました。天気が悪いことを言い訳に、家に引きこもってずっと読書をしていたわけですが。特定のテーマの書物をまとめて読み込むのにいい時期だったようです。今年最初の近況に、「一年の計は元旦にある。何事もスタートが肝心だ。ただ一歩目をはやく踏み出せばいいのではない。それよりも、どの方向に踏み出すかが大事なのはいうまでもない。だから、一年のはじめに気を整える。」と書いたように、スタートを切るための準備もようやく終えようとしていて、気づけば、日がすこしずつ長くなりました。これから気候は過ごしやすくなっていくのでしょうから、どんどん動き回ろうとおもいます。

 

最高の師は、答えを示さずに、進むべき道を示すのだとおもいます。いつ動くのかは、自分で決断しなくてはいけません。動くためには健康でなければいけませんし、荷物も少なくしなければいけません。だから、なにごとも準備が大切だと、節分を迎えた春のはじめにおもいます。そして、動き出すタイミングもまた、自然の教えから学ばなければいけないとおもう今週です。なにかに迷ったときには、歴史や文化に立ち返ることからはじめます。